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zoom RSS 社会的役割と自己の境界がなくなり分かちがたいものになる

<<   作成日時 : 2014/08/22 09:52   >>

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私はいま、さんぽ会(産業保健研究会)・名古屋の幹事をしています。
その幹事会が今月の初め、8月1日にあったのですが、そこで初めて「ワーク・エンゲイジメント」という言葉を知りました。
幹事仲間の保健師さんが、これで職場環境を劇的に変え、いきいき元気な社員が増えたというのです。

余談になりますが、この方、産業看護2014年4号の表紙見開き「OH! Nurse」に登場している保健師さんです。
http://www.medica.co.jp/catalog/m/5120
画像


それ以来、私はこの「エンゲイジメント」という概念に気が引かれてなりません。
というのも、お客様の信頼を得、満足頂くには、サービスの提供側、つまりは自分たちが己に自信を持ち、満足していないとダメだという感覚が昔からあったからです。


エンゲイジメントについての研究を探ってみると、1990年、ボストン大学のカーンにたどり着きます。
カーンは論文の中で「パーソナル・エンゲイジメント」というものについて、サマーキャンプのインストラクターで考察しています。
詳細は原著に委ねますが、それを解説している記事に出会えました。
「西山裕子:エンゲージメントに関する考察 【2】学術的な研究成果から」
http://www.fxli.co.jp/co_creation/forum/consider/000253.html

パーソナル・エンゲージメントとは、仕事に従事するなかで、求められる役割を十分に果たしながら、同時に自己を表現できていると感じられること…
そしてそれは、仕事に対する充実感やエネルギー、満足感を生み出す

理想ですよね。

でもね、今年になって私は幾度となく「フローの状態」を経験しています。
仕事がとても忙しく寝る時間も十分でないのに、全能感に満ちて毎日がいきいきと輝き、まわりに役立ってる感覚…。


職場においては、与えられた役割責任を果たすという立ち位置になりますよね。
そこに、自己抑制、自己犠牲を伴うことも、少なからず起こり得るわけです。


しかし、「エンゲイジ」すると、
役割からすっかり開放され、好ましい自己を表現している感覚を持つようになった…
どこまでが役割で、どこからが自分か、あえて区切る必要もないほど一つになっていく感覚…
エンゲージメントにともなう充実感、満足感が新たなエネルギーを生み出している


私の最近は、まさに、この感覚なんですね。


いま私は、いろんな職場を監させていただく仕事に就いています。
みなさんの職場の一人ひとりが「エンゲイジ」されて、いきいきと働く人が増えることをイメージしてみてください。
どんな未来が見えますか?


私はいま、それを想像するだけで胸が躍り、とてもワクワクするんです。
そんな環境を創っていくのが、私の生に与えられた「役割」なのだと感じます。

次回(10月10日)の「さんぽ会・名古屋」では、そんなお話も、聞けるかもしれませんよ。
みなさん、一緒に参加してみませんか?





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