老年期は喪失期ではなく挑戦期

「老年期は喪失期ではない。…むしろ、挑戦期とよんでもよい時期ではないだろうか。」
これは「介護予防に関する各研究班マニュアルについて」の中,
「閉じこもり予防・支援マニュアル」の14ページに書かれている井上のことばだ.
(井上勝也.老年期と生きがい.井上勝也、木村 周;編.新版老年心理学.東京:朝倉書店.1993;146-160.)

老年期になると人は「4つの喪失」をするという.
①心身の健康
②経済的基盤
③社会的つながり
④生きる目的
(長谷川和夫.老人の心理.老人心理へのアプローチ.東京:医学書院.1975.)

この4つを考える視点で,閉じこもり原因を考えてみると,その対策がみえてくる,
というお話は置いておいて...

この「喪失」を体験し,老化のプロセスに対して「挑戦」するのが高齢期ということなのか.
これは,なかなかアクティブな考え方ですよね.
徐々に動かなく,また痛みも出てくる自分の身体に悲観することもなく,
その過程をありのままに受け入れ,
社会の中に,そんな自分であってもまだ何かお役に立てるのではないかと,存在価値を探索し,
役割を持ち周りと協力し合って,それまでの自分の経験を十二分に発揮しながら,
残りの生を謳歌する..

閉じこもり予防のめざすところは,そんなイメージなのかしら?

同マニュアルによると,WHO(世界保健機関)は,
「高齢者の健康は、生死や疾病の有無ではなく、生活機能の自立の程度で判断すべきである。」
(WHO The uses of epidemiology in the study of the elderly. WHO Technical Report Series 706,Geneva, 1984)
としているそうだ.

生活機能の自立...
これは前に書いたIADLで測られることになるのかな.

年老いてもなお,生きがいを持って生き生きと..
たとえ病で,その身体が蝕まれたとしても,生涯終えるまで,キラキラしていられたらいいですね.

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この記事へのコメント

life-reha-care
2006年01月21日 08:13
その生活機能を日常で使おうと思ったら、
「本人の意思決定」の自立が先だと思います。

行為動作の自立を求めすぎたら、個別性は二の次にされてしまいますよね。
ゆう星☆
2006年01月21日 11:28
そう,本人の意思.行為動作の活性化はあくまでも1つの手段だと私も思います.
だからホントIADLでみてよし!なんてされたら..と,ちょっと心配.これが本心.
去年亡くなった父親が,晩年は歩くのが億劫なのか,ほとんど外に出なくなったんですよ.
母の心配ばかりして,趣味も全然なくって..
どうしていいかわかんなくて,歩かなきゃ..なんて,軽く言ってみたりしてたのですが,どうみても幸せそうには見えなかった.
私は社会の中での自分の存在感?..そんなところに幸せを見ているのかも.

「本人の意思決定」の自立..ということですが,したいしたくない..あると思うのですが,じゃあ本当に自分がなにか生きる目的というか,そういうものを持って決定してる人って,どれくらいいるのかな..
案外流されてまんまなんて,で,ちょっと居心地が悪くなると他人のせいにして不平不満を言ってみたり...納得するっていうか,まずは自分の考えがあり,行動し,できない部分をサポートをするというか.そういう人間としての本人の自立がまず欲しい気がします.喪失をしてもあきらめない気持ちというか..
happy-bannen
2006年05月04日 09:17
初めまして、理学療法士をしています。
老年期は挑戦期、いい言葉だな、と思います。私は介護予防は、生きがい作りだと考えていますので、小さくても、挑戦をして下さる方が増えると、高齢期の捉え方も変わっていくでしょうね、、
共感できる所があると思いますので、失礼ながら、私のブログのアドレスを掲載させて頂きます。
http://ameblo.jp/happy-bannen/
ゆう星☆
2006年05月04日 10:29
happy-bannenさん,はじめまして.
URLありがとうございました.
早速少し覗かせていただきました.
いい出会いができました.ありがとう!
これからちょくちょく伺わせていただきたく思います.
リハの輪にリンクしてもよろしいですか?

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