最近泣いた本

楽になりたいの。そう思うのはいけないこと?
これは押川真喜子著「在宅で死ぬということ」の中の一文です.
在宅で死ぬということ

押川さんは,聖路加国際病院で働く訪問看護師.
これまで何百人と,人の死を在宅で看取ったという.

私が読んだのは,
いまから3年前の4月,文藝春秋から出版された単行本が,
昨年11月に文庫本になったものなのだ.

私はこの本を出張途中,新幹線の中で開いた.
読み進むうちに涙がこぼれる.
じわっとにじむ程度ではなく,ポロポロとこぼれ落ちる.
これはヤバい..
思わず周りを見渡し,読みかけた本を閉じて目をつむった.

この本には,お年寄りはもちろん,
中には若者,子供の死のシーンまでが登場する.
一人ひとりの物語が熱く心を打ってくる.
これはすごい本だ..
続きを,ホテルの一室で読み終えた私は,
しばらく,そのインパクトでベッドから立ち上がることさえできなかった.

在宅で死ぬ...

私の父も,そして母も,病院のベッドで亡くなりました.
父は私が渡米中です.
昨年6月,脳幹出血で倒れ,意識の戻らないままの父に,
アメリカ出張に行ってくるから,帰ってくるまで頑張るんだぞ!
そう言って旅立った矢先の死.
妻からの一報が届いたのは,ナッシュビルにいた時.
4月に倒れ,2度ほどの大きなヤマ場を切り抜け,頑張ったのに...
遥か地球の裏側で,父の死顔を想像し,私は合掌をしたのでした.

そして母の死,今年の2月..
骨髄腫と戦うために入院したのが,いまからちょうど1年くらい前のこと.
それまでに何度か抗がん剤投与のための治療入院があったが,
そのつもりでの入院だった.

お正月には帰れるかなぁ...
そう言っていた母が,帰っても家におじいちゃんはいないし..と,
病院で年を越す決心をしたところの大晦日.
となりのベットの患者さんが,お正月の外泊に出た.
その時に,おぼつかない足取りで帰っていく同士を見送り,
寝巻きについてた紐くずをとってあげようとして,ころんだらしい.
これが命取り.
病気で脆くなっていた背骨が折れてしまって寝たきりに.
私は,大晦日の夜を母と二人,病室で過ごした.
それから2ヶ月.

徐々に体力が落ち,痛みを抑えるためのモルヒネのせいか,
意識も混濁し,まともな会話もできなくなった.
そんな母の最期の日.
明け方の3時過ぎに,病棟ナースから私のケータイに連絡が入った.
脈が弱くなりました.
慌てなくていいですが,こちらにお越しください.
離れて住む弟に連絡を入れ,病院に駆けつける.
まだ元気.
私はその日,運悪く人間ドックの予約を入れており,
様子をみながら,すぐそばにあるからと,キャンセル連絡に行ったのだ.
戻ってほんの数分のこと.
それまで,まだしっかりと息をしていた母が,呼吸を止める.
間隔が段々長くなる.
ずっとつけられていたモニタも,酸素マスクも外され,
そのまんまの母を,ただただ見守る.
呼吸が止まり,口から血の泡が吹き出した...
嗚呼..逝ってしまった.

悲しむ間もなく,退院手続き,葬儀の準備と事が運び,
つい今しがたまで,そこで息をしていた母がいなくなったベットを片づけながら,
大粒の涙がこぼれ落ちたのを,
この本を読んで思い出した私でした.

両親とも在宅で看取ることが,私はできませんでした.
死ぬ間際まで意識のあった母は,
その途中で何度か家に帰りたいともらしたこともありました.
病気のために貧血がひどく,フラフラの状態で,
一度だけ妻が連れて家に帰ったことがありました.
私は,その姿を見ていません.
けれども,家に帰っても,自分の足で歩くことすら出来ず,
なにもできない悔しさに,無念そうだったと聞いています.
在宅では逝かせられなかったけれど,私は後悔はしていません.
できる限りのことはやったのだから...

この本は,改めて命あることの大切さも感じさせてくれます.
なんだかモヤモヤするなぁ..思ってる方,
こんな本を読んでみるのも,悪くないかもしれません.

在宅で死ぬということ

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この記事へのコメント

しんじょう
2006年10月15日 05:37
ゆう星☆さん、こんにちは。
ご紹介の本はまだ読んでいないのですが、ぜひ読みたいと思います。
私はまだ主人の父親を見送っただけですが、長い闘病をして、最期は院内感染で亡くなりました。闘病期間が長かったですから覚悟はしていましたが、それでも最期はあっと言う間でした。

私は何度か死にかけた経験があるのですが、絶対に病院で死ななければと思っていました。両親や家族に迷惑をかけたくないという思いからでしたが、これは私が30~40代であったためで、高齢になったら変わるかもしれないと思っています。
ぴぴ
2006年10月15日 12:09
深い、お話ですね。。
私は仕事柄か、できるだけ人生の最後はおうちで過ごして欲しい、そう思っています。
しんじょうさんのコメントも読ませていただいて、ご本人の思いとしては一概にそうとも言えないのかも、とも思い。
自分に関して言えば、本当に身近な人での死に直面した経験は乏しいので、こういう思いだったのかな、などのイメージでしかないのですよね。

在宅で最期を迎える高齢の方は、全体の2割程度と聞きました。
在宅で暮らすこと、そして、亡くなること。
私は同じ流れとして考えていましたが、二つのこととして考えることも必要なのかな、と思いました。
私も読んでみようと思います。
ゆう星☆
2006年10月15日 16:38
しんじょうさん,ぴぴさん.
コメント,ありがとうございました.
私は最近涙もろくてね..

私自身は,どこで死にたいか...
どこでもいいかなって感じ..かな.
できればポックリ,それまでは元気ハツラツで(笑)
闘病が長くなれば,看る方もしんどいです.
2006年10月17日 20:46
私もいつかこの本を読もうと思っています。
今のご時勢、なかなか在宅での最期を迎えられる方がいないのが現状ですよね。
在宅ではご家族だけでは大変なので
色んなバックアップ体制が大切だと
以前訪問に関わっていた時に痛感しました。
ゆう星☆
2006年10月21日 18:30
picoさん,コメントありがとう.
ホント,在宅はご家族の負担が大きくて,総力戦になりますよね.
両親は,病院だったのですが,ヘトヘトでした.

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