ねぎらいの言葉がない!

ねぎらいの言葉がない


内部監査をしていて、ここに、すごくこだわる人が、私のまわりにいるので、今日はそんなお話。


改めて「ねぎらい」を辞書で引いてみる。
相手の労苦をいたわること。
相手に苦労をかけたことに対して謝意を表すること。


すなわち裏を返せば、それを発する本人は相手が苦労していると認知していることが前提となる。
そして、そのかけた苦労に対し、本人がどう感じているかが問題。


人に対して、この「ねぎらい」を強要するものではないと私は思っているから、こんなことを書いているのだがどうだろう。
相手に苦労をかけ、自分が助かったなと感じれば、自然と「ありがとう」「大変だったね」みたいな言葉は出てくるのではないだろうか。

仮に言葉をかけたとしても、そう感じていなければ、言葉自体がウソになる。

やってもらって当たり前、もしそういう思いがあったとすれば、そこを問わないといけないと私は思う。
相手にやってもらうことは「有り難い」ことなのだ!
…そういう認知。
「助かった、ありがとう」…そういう感性。


確かに人は、人のコトバで癒される。
組織の中で、承認欲求を満たされていない人が多いのかもしれない。
時として、その言葉が相手のやる気を生むものだったりするので、この部分、うまく導けたらいいですよね。

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