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<<   作成日時 : 2006/12/17 00:52   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

最近,コミュニケーションに関する書籍を,
あらためて何冊か読んだ.
それは,このようなネットでのコミュニケーションの難しさ.
さらには,職場での,自分の子供のような新入社員との感覚ギャップ.
そんなものを,時々感じるからなのだ.

今回のタイトルは,
前にも紹介させていただいた山田ズーニーさん著
「おとなの小論文教室。」その第3章
コトバを発した本人がいない.「私」がいない..という話.
このことについては,また別の著書,別の言葉で考えてみたいと思うのだが,
そう,「私がいない」という現象は,
私の身の周りにも,ものすごく多くなった気がするのだ.

たとえば職場でのOJT.
なかなか仕事の進まない部下から報告を受ける.
これこれ,こういうことについて調べてみたらこうでした.
以上.
私の職場はR&D.
自分で調べ,自分で考え,新たな価値を生み出すセクション.

なのに,ある事象に対し,チョコチョコっとネットで調べて画面貼り付け,
これが結果です!
これはこういうことです.
自信満々で報告をしてくる.
そこにはネット妄信.自分の考えなどこれっぽっちも入ってはいない.
こんな仕事スタイルが,彼らにはあたり前なのだ.

なぜ自分で考えない?
なぜもっと,自分の言葉にして思いを伝えない?
一時,いや,まだ本音を言うと,
彼らはちゃんと考えているのだろうかと疑っている私だが,
それは「関係把握力の欠如」ではないかとズーニーさんは言う.

社会と自分との関係.自分をとりまく人物との関係.
これが見えなくなっている.
だから,その報告になにかを問われた時,なにも言えずにフリーズする.
なにを言われているのか,それさえも解らない.
自分は間違ったことをしたわけではない.なのにどうして?
ネットのここに,ちゃんと書いてあるじゃない..?
テレビであの時,こう言っていたじゃない?

自分に関わっている主な人物を、一人ひとり、思い出し、「自分に何をしてくれたか?」頭を使って考える
…(略)…
このときのコツは、形容詞など、いっさいの修飾語を省いて考えること
…(略)…
いつ? だれが? 何を? どうした?
これで事実関係をハッキリさせ,さらに「なぜ?」と問いかける.
そういう作業の積み重ねが,関係把握力をみがくのだ.

「自分を表現する」というレッスンを、実は、私たちは受けていません。
私たちは、記憶と応用などのインプットに、学校時間のほとんどを費やします。一方、自分の想いや考えを人前で表現することは、機会さえも与えられていません。そのまま大きくなって、就職活動ではじめて、自己表現、つまりアウトプットを求められ、ガクゼンとして言葉を失います。結果、どっかで誰かが言っていた、借り物の言葉で間にあわせ、それが自分から浮いてしまって、もがいている。
このズーニーさんの言葉に,心がピクピクっとした方は,
私と一緒に,自分で考えること,考えたことを,
自分の言葉にしていくことを始めてみませんか?
「私のいる」文章を,ここに綴ってはみませんか?
なにも,難しく考えて,構えることはありません.
だって,ほら,この記事だって,ほとんどがズーニーさんのコトバでしょ?

<AISBN:4309017444>おとなの小論文教室。</AISBN>

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