難しいですなあ

難しいからあきらめるのではなく,難しいからこそ難しさの密林にわけいって行く,そこに生きることの手応えがある

これは谷川俊太郎「風穴をあける」に出てくる「河合隼雄」の一節だ.


人と話をするとき,河合先生は
既成の価値基準や倫理に縛られた自分から離れて,性急な判断をせずに人の心に自分の心を共振させる…(略)…そんなときも自分の心を押さえつけたりはしない
のだそうだ.

・分かりませんなあ
・難しいですなあ
・感激しました

そして,河合先生がよく口にされる言葉が,この3つだと谷川はいう.

他人のことは分からない.
分からないものをすぐさま理解することは難しい.
だからといってあきらめることなく,
自分の価値基準を一切解き放って,相手の心を存分に味わい尽くす.
そして,その人でなく,
自分の心が感じたままを,その人に対して発露する...

このとき,お互いの心は融合し,1つになって解き放たれる.
これが人を癒す究極の方法なのかもしれないね.

風穴をあける

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この記事へのコメント

Suzu
2007年04月14日 17:02
河合先生ほどの方になると、ただそこに一緒にいるだけで人は癒えるもののようです。
不思議なことですが・・
「難しいですなあ」とおっしゃりながら、決して結論を急ごうとしないのです。
「癒す」のではなく、その人が「癒える」のを見守っていると言えばいいのでしょうか・・。

河合先生は現在ご病気とのこと、とても心配です。
ゆう星☆
2007年04月14日 19:25
なるほど.癒えるのを見守る..ですか.
解る解る.確かに.

で,その不思議という感覚?..それも.
Suzu
2007年04月15日 00:03
もちろん専門家として手助けはするのですが、河合先生はご自分が「癒す」とは考えておいでではないのではないでしょうか。

「既成の価値基準や倫理に縛られた自分から離れて」、“タテマエ”の世界で生きる自分の中から“ホンネ”を取り出してみると、相手の心の底にある“ホンネ”というものもわかってくるのでしょう。
その時、相手も自分の心に気付き、そこから自由になれると癒えていくのかもしれません。

「癒える」というのはもしかして双方向なのではないかと思うことがあります。
ゆう星☆
2007年04月15日 19:40
うん,納得です.
そんな交流がたくさんもてるといいですね.

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